【父娘相姦】妻を亡くした私と妊娠できない体の娘で毎晩慰め合っています・・・・・・

※この体験談は約 3 分で読めます。

私は、7年前に最愛の妻を亡くしました。
一人娘の真由子に縁談があったのですが、子宮の病気を発症して妊娠が不能になり破談となりました。
真由子は23歳でした。
その時入院加療中の妻は生きる希望を失い急激に容態が悪化し、46歳で亡くなってしまいました。
以来私は真由子と二人で暮らしています。
そして、妻の一周忌法要の後、私と真由子は父娘でありながら男と女の関係になりました。

妻が亡くなる数ヶ月前まで、私は妻と週に5,6回は夫婦の営みをいたしておりました。
いい年をしてと思われるかもしれませんが、妻が40歳近くなると子供が親離れしてきて、それまで週2,3回だった夜の性生活が増え、休日など、娘が部活などで不在になれば、昼間からいたすこともありました。

妻は私が惚れ抜いて一緒になった女性ですから、40代でも私にとっては大切な恋女房で、愛しくて何度でも求めました。
そんな私の求めに妻も毎回喜んで応じてくれておりました。

私達の住まいは決して広くはございませんから、年頃の娘を気にしての性生活でしたが、娘が高校を卒業する頃、妻が夫婦の性生活について娘に話したそうで、短大に入学してすぐ
「お父さん、私は愛し合う両親を素敵だとは思うけど、イヤらしいとは思わないから気にしないでお母さんを抱いてあげてね。」と言われました。

そして、私達の営みを見たいとまで言い出し、何度か娘の目前で妻を抱いたことがございました。
今更ながら異常な家族だと思います。

真由子を初めて抱いてから6年、私達父娘は交わり続けました。
真由子も三十路になりましたが、出産経験がありませんので美しい身体を保っております。
私も55歳だというのに、毎日のように真由子を抱いております。

今は背徳感もありません。
世界中で今最も愛おしい女性の膣内に自分の精液を放つ悦びを感じております。
真由子も、私に抱かれて毎回私の精液で子宮を満たされる感覚に悦びを感じている様子です。

いつか私が亡くなれば、真由子は天涯孤独となり、一人ひっそりとこの世を去るでしょう。
実の父娘で交わす舌を絡める口づけ、父が実の娘の子宮に愛を注ぎ込む究極の親子性交を営む私達は、生物としてこの世に遺伝子を残せない淘汰されるべき個体なのです。

それは6年前のことでした…
私は、妻の一周忌法要の後、迂闊にも酔って娘の真由子に抱きついて押し倒し、妻の名を呼びながら眠ってしまったそうです。
後日、真由子から、
「お父さん、お母さんがいなくなって辛そうね。私が代わりにお相手をしましょうか?」
と言われてしまいました。

私は、
「まさか、実の娘とそんな事はできんよ。」
と言いましたが、真由子は、
「結婚はできないけれど、セックスは禁じられていないのよ。生まれる子供に遺伝的に悪影響があるから忌避されているだけに過ぎないわ。私はもう妊娠できないし、だったら好きな人に遠慮なく抱かれたいわ。」
と言いました。

なるほど筋は通っていましたが、好きな人が引っかかり訊ねますと、
「私、(破談になった)彼の事は、お父さんに似ていたから好きになったのよ。」
娘は男の最愛の恋人と申します。
愛しい娘にこんなことを言われてどうして理性が保てましょう。
「父さんも真由子の事は大好きだよ。とても大切な女性だ。半分は愛しい母さんで出来ているからね。」

この日、十五年ぶりに真由子と風呂に入りました。
24歳の娘に陰茎を洗われたら不覚にも勃起してしまいました。
「嬉しい。お父さんが私で反応してくれた。私を一人の女性として見てくれた。」
私は先に風呂から上がって、仏壇に手を合わせました。

「母さん済まぬ。これから真由子を抱く。」
私は妻の写真を伏せました。
私は真由子の部屋で抱くことにしました。
私達夫婦の寝室で娘を抱くのは抵抗がありました。

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